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12/06 : 小学4年生の研究発表会から(2)












下3枚の写真について。
目の見えない人は、社会で暮らすにおいて、一つひとつ物・ことの意味を皮膚感覚で理解し、
認識していくのでしょうね。
この他にも乗り物カードの微妙なサイズの違いや、機械に差し込む方向など、
その情報量を想像すると…

世の中が便利になる。新しい物が出る。
そのメリットや喜びを享受するのは、社会で暮らすさまざまな人たちだと思いますが、
使いこなせてこそ、です。便利は、新しい便利がでると、不便になることがある。
少し前の便利は、次の便利の前に消え去ることを強要され、
便利のスピードについていけない者、それを必要としない者を、
一方的に置き去りにしようとする面がなくもない。

新しい物や技術は、今日一日、今日の歩みをたいせつに思う人を
ほんとうにフォローしているのだろうか?
社会がつくりだす便利とは、誰の何を指して言うのだろう?
話が少しそれましたが、そんなことも。

こどもたちの書いた資料から。
表現の良し悪しは、本論ではないので置いておきます。

「目が不自由って、どんな感じ?」
目の不自由な人もいっしょに、歩むまちをめざしたい。
(一度、家の外を目をつぶって歩いてみると、「怖い」という他に
感じることがあると思います)

「耳が不自由って、どんな感じ?」
聴覚障害という言葉を聞いたことはありますか?
私たちは、心のバリアフリーをめざして、手話や口話などについて
勉強しました。(「タマゴとタバコ」「カギとカキ」など、口元だけで
判断できますか? ちなみにぼくは、ことごとく外しました)

「身体が不自由って、どんな感じ?」
車椅子に乗ったことはありますか?
車椅子を押したことはありますか?
(体験コーナーがありました。視界や段差、坂道でのスピードなど
これも体感しないとわからないし、個人差もあると思います。)

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