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11/22 : ソウルを揺さぶるの素。

たとえば、ものつくる人の、趣味のモデルや家具づくり。
たとえば、イラストレーターやデザイナーの絵画。○○職人の陶芸。もの書きの句会。
職域にふれつつ、仕事に活かすというよりは、心動かされるものがあるがゆえに
職と近いフィールドを愉しみにするということが、あれこれあるのかと思います。

さて、自分は? 言葉に関して言えば、五行歌や自由律俳句なども好きですが、
読みふれることで揺さぶられるのが、スポーツジャーナリズムの言葉。

「折れない魂」
とは、先日、新聞で見たスポーツグラフィック誌「Number」のタイトル。
直で、立ち向かう言葉の力に気持ちが寄った。
表紙に居並ぶアスリートたちの名前。
崖っぷち、年齢と肉体への挑戦、夢への執着心。
人一倍強くモチベーションに生きる個の塊が在る。

俊敏な動きでボールをさばく遊撃手のように、
繊細なトスをあげるセッターのように、
鋭く読みを入れ、ムダをそぎ落とし、硬軟強弱をつけ、
アスリートの光と影に筆を入れながら、一個の人間像を描き出す
スポーツジャーナリズムの言葉、文体。
だらけ出した気持ちに、スポーツジャーナリズムの表現が
目に、胸に心地よく沁みる。言葉に日常の推進力を得る思いがする。

こんな言葉があった。
「いつだって、ポケットに0.5秒はしまってあるのさ」
故エンツォフェラーリが直接指名した最後のフェラーリF1ドライバー、
故ミケーレ・アルボレートの言葉。
おそらくはスポーツジャーナリストを通した表現ではなかったのか。
いい言葉には、普遍性を感じる。

人それぞれ、職それぞれ、あなたの日常において、
魂をゆさぶるものはなんでしょうか?

それにしても、一昨日の高橋尚子選手。
「42.195Kmの表現」などの例えにきれい過ぎの感もないではなかったが、
東京国際女子マラソンの走りは、ちょっと感じた。
走りに表現をみるのか、みてしまうのか。
いずれにしても、そこに一個の存在を感じるからでせう。

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