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03/24 : 「好き」の時間のさすところ。


たとえば、本。

インターネットで、本をよく買う人がいるとして、
その人は、ふだん書店にも出向いて、よく本を買うのだろうか?
まったくわかりませんが、インターネットで日常的に本を買う習慣のある人は、
あんまり書店や図書館に行かないのかなぁ。
本は、ほとんどとは言わない程度で、たいして読みも、買いもしませんが、
書店や図書館は行かない人よりは、行ってる方かもしれません。

「本は、読んで、なにかに活かすもの」と(強く)考える人なら、
インターネットで効率よく買うのがいいのかもしれない。
PCがこの買い方をします。

書店も図書館も、出向くとき、なにか目的があるか? と言えば、
そういうときもあるし、あとは、単行本や雑誌を眼に追うにまかせて
眺めているのが心地よいから行く。
居る時間の中で、出会いの本を「見つけてしまう」ことがある。
そんな感じでしょうか。

書棚や建物の中の空間を思うにまかせて移動して、
そこに大人や学生や仕事人や主婦や若い女性や子どもが、
つまり、本を媒介にして、人が居る。
本を探しに行ったのに、文具コーナーについ気をとられ、
なにしに行ったかわからないで出てくる…
本も、人も、文具も、横断的に入り混じっている…
みたいな時間、風景が好きなのでしょうね。
「本のある時間」については。


「現場」や「行動」という、あちこちで登場する言葉について、
考えていたら、「本」にたどり着きました。

どちらも、人と生の場、つながり、みる・感じる・考える…とか、について、
自分が動くことがたいせつなことなんだよ、というためのキーワードでしょうから。

それが「本を買う」なら、その「場」が個人にとってどんな価値観、優先順位にあり、
本はインターネットで買う人にとって、
「本を買うために、本屋には行かないことも、その選択において『行動』である」。
そう言えるのでしょう。


なにかを「する、しない」は、その人の視点や置かれた環境から言えること。
「しない」も、その人にとって「する」かもしれない。
と、心得て、人をみたり、接していたいし、そうすることで
他者から肌で感じとることもあります。

6冊(障害関係3冊、他3冊)の本を併「見」(読、じゃなく)してますが、
どの本も、自分を含めた、「人が人に、人と人とが」とか、
要は、「人」について書いているわけで、根の部分は一緒だなぁと
思いますね。

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