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03/12 : 思い出して「しまう」こと、忘れたくないもの。

横浜市液状化マップ

がんばれ、東北。がんばれ、日本。
あちこちで自然のエネルギーが炸裂した、昨日~今朝のニッポン列島。
第二期十勝沖地震(過去3回)の経験者です。
M7.9 E型小学校校舎の3階にいて、1mくらい飛び上がるような体感の縦揺れ。
確か午前9時台の算数の時間で、最初の揺れに先生が「だいじょうぶ」の「だい…」と
言った瞬間に、ドドドド、ドカ~ンとやってきました。

基地の町でしたが、ジェット戦闘機の轟音も敵わない大地鳴り。
校舎は非常階段が屋上から全落ち、開け放ったドアから、渡り廊下がみるみる
離れていくのが見えました。
結局、欠陥校舎だということも判明し、校舎取り壊しで
1年間を公園内に建てたプレハブ校舎で卒業。
半年前に新築した市内の商業高校は真っ二つに折れ曲がり、死者も出ました。

一ヶ月くらいは、自衛隊の給水車行列暮らし。夜に襲う大きな余震。どうしたら、
こんな状態にできるというほどの家の中のぶっちらかり。東北はいいとこ。
我が故郷の青い森県は離れてみるほどに、よか土地で今でも大好きですが、
北海道、東北は地震王国。故郷から車で40分も走れば、六ヶ所村です。
基地内に核があることは、以前からの暗黙の事実のように語られていました。
地元の新聞社も長い年月をかけて取材し、明らかにしました。
2つの核と暮らし、それで市や市民の生活が成り立つ面があり
(父も基地内の銀行務めでした)、複雑な思いもあります。
いま、下北半島は、原発銀座と呼ばれていると記憶しています。

大地震と現代先進社会がつくりだす災害。
ただ批判・批評などできませんが、言えるのは、
「まだ生きたい」「家族や人と関わりたい」ということです。

地震も、大火も経験しましたが、いっちばん、地震が怖い。
大地震の被害は、人の生きるモチベーションを弱らせてしまう。
心のケアが必要です。

人がまともに道を歩けない地震のエネルギーのすごさは、
町がうなりをあげる形相は、経験者のみぞ知る。
だし、二度とごめんなんですが、こればっかりは…
人口4万人の町も巻き込んだ大地震が、都市で起きるとどうなるかは、
過去のご存知の通り。
人は、明日、生きて在る保障は、ないですね。

とりあえず、携帯災害伝言板に登録しました。

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