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12/12 : ハッと、パっと、ぎゅっと。

海で溺れかけているとき、さて、どうするか?
岸が見えるなら、「助けて」と大声を出してみる。
そばに流木などのつかまるものがないか、探す。
とにかくジタバタもがく。
それとも、溺れてもがくのはみっともないから、
黙って静かに溺れるままに、時の過ぎ行くままに?

実は、一度だけ若い頃にある状況下で溺れかけた経験があります。
大声で叫んで、周辺にいたサーファーたちに助けてもらいました。

助けを求めたことに理屈や恥やためらいなど、そんなものはありません。
溺れかけていて、「生きなきゃ、俺にはあれとあれとあれ、まだ
しなきゃいけないことが残っている」…なんても考えなかったし。
溺れて、「助かりたい」と明確に言葉で思う以前に、「助けて~」とそれだけ。
そんなもんじゃないのかな?

プライドをもつ。
プライドを捨てる。

いろんなところで耳目にする言葉ですが、いずれも、自分の在り方の思い入れとして、
「なにをもって」と自由に考えてみることもあっていい、あった方がいい、と思っています。

その上で、したいことのために、あるいは、相手のあんな言動に対して、自分の~~
プライドがどうとかこうとかは、まぁ、どっちでもええんじゃないかと。

会社を大きくしたある人が、起業して、道を歩いていて、工事中の建物を見つけ、
営業に飛び込んだそうです。結果は知らないけど、そういうことが日常化して、
効率が、戦略がどうたらこうたら、仕事を採れる・採れないの以前に、
「本能的行動」化していたんじゃないのかなと思います。

やり方の正否や、今の時代に合うかどうかではなく、
プライドをもつ、もたないの理屈の風呂敷を延々と広げているよりは
たいせつなことがあるんじゃないかなぁ。

「プライド」と直接的な言葉で出なくても、人と人の集う場所で、
あるものものですよね。

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