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12/09 : 異っちゃん♪


「異っちゃんに、カンパイ♪」

とは、以前に、ある活動の会報誌にページをもらって書いたときのタイトル。
さまざまな特性・個性が寄り集まって、社会は成り立っている。
生きにくさを抱える者が、あることにハンデを感じている者が、ハンデを感じていない者の中で
受け入れられ、生きていけることは、すなわち、誰もが生きやすい場でもある。
だから、それぞれの「違い」を、もっと認めて、混じり合って、
生きていける世の中にしたいし、面白いだろうと。

そんなことをめざして、人と人とが集う場において、
いろんなことを話し合ったり、催しをしたり、学んだり。
千差万別、「違い」を認めて・・・を前提に、立場・環境の違う人たちが集まって、
考えを述べたり、動いたりする中で、そこには自ずと
「自分とは違う、思考動」を感じてしまうこともあるわけです。

「面白い」のは、こうしたことに眼を向け、動いている活動なのに、
受けとめ方が違うと、どこかで、「あの人は・・・」なんていう、
影の声のカタマリを知ることになったりします。
向けられた声が、たとえ自分ではなくても、それはちょっと・・・
いい気持ちのするもんじゃない。

違いを認め合おうと集う者同士ですら、意識的に、敏感にやらないと、
受けとめ方、動き方の違いに、イチャモンばかりをつけたがることになってしまう。
いや、もっと強くは、「排除」の方向とか。
人は、無意識に、容易く、傲慢になれるものなのかもしれません。

他にも、似たようなことは、あちこちであるもの。
そんなとき、いつも思い出す言葉があります。
ある分野で、長年、トップを走る人が、同じ仕事の攻守のプロを集めて会社をつくりました。

そこで言っていたのは、「みんな似ているようで、ちょっとずつ違う。そこがいい」
「だからこそ、集まる意味がある」
そこで交わされる、「異論を反論ではなく、『お、いいもんだ』と聴けるようになるには、
時の力が必要だが、これを早めにできれば、だんぜん面白くなってくる」と。

そこで、マイ・ライフ・キーワードに置き換えて、
「異っちゃんに、カンパイ♪」


本でも、セミナーでも、打合せでも、井戸端会議でも、
電車内や街中のすれ違いの会話からでも、
「お、いいね、それ!」の言葉・声に出合ったら、そのままでもいいけれど、
自分のフィルターを通して、それからなじめるフレーズに置き換えてみると、
生活視点に役立ちますよ。

コツは、意識的に見つける。
見つけたら、能動的に、タノシゲに、自分の言葉に置き換える。
10や20はすぐにこさえて、たまっていきますよ。

コトバで気分がワクワクしたら、なにはなくても、ソンはないでしょう。

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