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12/08 : 笑う場所。


「まず、自分が笑う場所」。
公私の物事において、なにかをするときには、人と人とが関わります。
仕事も、町内会や子どものための親の活動でも、スポーツでも、なんでも。

そのときに、想うキーワードです。
この言葉を周囲に伝えたとして、さて、どう思われるのか?
数人ですが、伝えてみました。
「よくわかる」もあれば、「誰かが、みんなが、じゃないの?」もあり、
予想できたことですが。

「日本でいちばんたいせつにしたい会社」という本でも紹介されている、
伊那食品工業という会社がありますが、ここで謳っているのが、
「社員の幸せを露骨に追求する会社」です。

ここに書かれていることは、「自分&仲間発」のエッセンスだと思っています。
自分・我が社のために、でなにかをしようとするときに、
その中には、相手(お客さんや地域住民・一般社会・株主等)が織り込まれている。
言うまでもないことですよね。
身勝手やサギで・・・は、通常の公私の関わりでは前提上ないし、
除かれてもいくでしょう。

だから、「みんなのために」(のみ)を、ことさらに前面化してしまうのは、
なんだか選挙演説みたいで、そこに特別な意味合いを出したいのだろうか?
と感じてしまうこともあります。

会社や個人の活動も、まずは自らが関心があったり、
自分ががんばってなんとかしなくちゃ、だったり、
様々な縁で、この仕事や地域活動をしています。
だったりするわけで、つまりは「当事者」として、相手や社会とつながっています。

まったくの無関心・無関係だけど、人助けだから、お願いされちゃったから、
全資産・財産・生命を投げ打つね。明日、ウチの会社・一家は倒産や
餓死するかもしれないけれど、世の中のためになれば、
それでいっこうに構わないから・・・という人や会社は、そうはありませんね。
自分や仲間の継続・存続があって、その延長線上で、
どういう在り方でいたいのかを考える。

なにかをするとき、大概は、相手がいて、相手のお役立ちを前提に、
自分のできることをして、有形・無形の益が発生するのだと思います。
これは、金銭や物品の有無だけじゃなく、自分が関わることで、なにかが動き、
自分も変えていくことになるだろうと思える。
関わる者同士で、頼られたり、自ら動いたりすることを意気に感じる。
自分のしていること、時間に、意味や価値観を見出せる
そういうことも含まれます。

人は、一人では生きにくいし、いや、それよりも、
人は、人のことが好き。

人と関わって生きていく以上、そんな部分を引き出していきたいなぁ。

自分が笑えば、家族も、公私での相手も笑う。
関わる場所は限られるけど、自分のワクワクにこそ、周囲のワクワクがある♪
になれる居場所にしたいものです。

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