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10/04 : 発スル。



人様の仕事を、こういう使い方をするのはいけないのでしょうが、
期間限定としてご容赦願おうと思います。

10年前、15年前のものかわかりませんが、人の想いや行いの中で、
なにをかを感じた時に、自戒・自省としてふれています。

公の私、私の公。
いま、様々なかたちで、人の声が仕事や私生活を通して発せられている。
インターネットが普及してからは、加速的に公人・私人の声に
ふれる機会が増えました。

自分の言葉に責任をもてば、自由でいいとは思うけど、
どんな声も、誰かに届ける…それが不特定多数の人にでも、
公的な場で発したなら、届ける以上、その役割を担う。

たとえ「私」の声でも、言いたいことを言う・・・
その中に、相手の知りたいだろうことや、今日の元気の基になるかも、なにかを感じてもらえたら・・・
そんな想いがあって、他者に目と耳を貸していただけるのだろう。
つながることもできるのだろうと思っています。

また、メールは、お互いの存在が目に見えない状態での「対面」ですが、
「誰のため」を意識をもつと、公私を問わず、相手のメッセージが
「自分のために使われた時間」だということに気づきます。
私情・勝手・言いたい放題の「使わなくていいよ」もあるのでしょうが。

ことに、「とくに用事はないけど、元気かな? と思って」
個人的には、こんなメールをもらった時、うれしい限りであります。
自分のために使ってくれた時間・・・簡単な返事一つ、気持ちの込め方が変わります。

声を出す時も、受ける時も、人在り…は意識していたいです。

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