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10/15 : 変、不変。

変わらないから、いいものを生み出せるのだろう。

そう感じさせてくれる人間もいる。
九州のある町にいる学生時代の友人は、100年以上続くふぐ会席・懐石の老舗で、
近年、都内に出した支店は2年連続でミシュランの2つ星。
そんなお店の専務・総板長をしています。

この夏、仕事で上京した際に、彼を囲んで酒席が設けられました。
久しぶりに会った友人は、学生時代の再現だ。
トレーナーに、使い古したジーパンに、穏やかな口調、人柄。

どんな立場になっても変わらぬ奴は、変わらない。
身なりや人あたりもそうだけど、思考そのものが。

彼は20年以上、毎日早朝に市場に行き、自分の目利きで食材を選び、
調理場ではいまだにキャベツだって、ニンジンだって切る。
今回、出向いたのは、東京店のお客さんが本店に足を運ぶことがあり、
本店との味の統一と、各土地ならではの創意をどう図っていくかを打ち合わせるため。

自分の技術と経験でしか作れない物で、関東の百貨店で出せばきっと当たると
思うものもあるが、鮮度保持・品質の問題から出さんのよ、とゆったりと語る。

以前、一千万円以上するお客さんのクルマをすごいですねと言ったら、
後日、贈り物だとお店に届いたそうで。
「いらん」とひと言、縁者に譲った彼の乗る車は、
12年ものの国産車。次は軽自動車でいいと言います。

東京で食べた人が、軽い気持ちで本店まで来たり、
超高級車をあげたりするような人が通うお店。


と書いてきて、とくに彼の謙虚さや美談として話したかったわけではなく。
その場に10人ほどの学生時代の仲間がいたのですが、
彼のほんのり、ゆったりとした話の内容に、
「ああ、この人間ならそうだよな」と、驚くでもなく当たり前に受けとめていたこと。

昔を知る誰もが同じ気持ちだったと思うけど、
ぼくは、彼が作り出す味がこれからも美味いのだろうと、
当たり前に信じることができたことに、縁をもったものとしての
ちょっとした喜びを感じたのです。

自分の習得した食の技を、ここまでやればいい。
という日が来るまで現場に立ち続け、お客さんの反応や評価を体感できる人生。
そんな立ち位置にいるのだとしたら、
彼の喜びの本質があるのかもしれない。

なにが変わり、変わらないのか。
自分も、他者も。
価値観の相違や共有などが表れたりもするのでしょう。

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