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09/10 : 毎日、毎日、思うこと。

その「私」は、何人目の私だろう?

1:9。1の見え(せ)ている自分(あなた)と、9の見え(せ)ない自分(あなた)と。
対しているのは、どの自分(あなた)だろう?
朝起きて、家族と会話を交わす。
妻とは夫として、子どもとは父親の関係で、朝の思いに向き合う。

朝食をとり、歯を磨き、顔を洗う。
食べたパンも、ハブラシや歯磨き粉も、タオルも、使う私は消費者だ。

駅に向う途中、取引先の担当者に出会い、昨日の電話でのやりとりを確認する。
話している今の私は、商品やサービスの生産者、技術の提供者として
相手に接している。

駅の売店の新聞から、気になる見出しが目に飛び込んできた。
思わず買った私は、また消費者に位置している。

電車内で、地域活動を共にする仲間に遭遇。
週末のミーティングの段取りをする私は、地域生活者でもある。

ランチタイムは、ここ半年ばかりお気に入りの中華屋さんに。
お店のおやじさんからは、私はそろそろ馴染みのお客さん、の関係だ。



立場や役割は、あっちこっち、その時々で入れ替わり、スイッチがON・OFFする。
思考も入り混じっている。
会社で難問題を抱え込み、ずっとそのことに身も心もかかりきり。
いや、そこに、その時、ウエイトが集中しているだけで、
そのすき間すき間に、たわいない、だらしない、どうでもいい、
または仕事とは関係のないもっと重大な課題について、
思考のスイッチが入っていることだろう。

そのかたまり、ぜんぶひっくるめて、自分だろうし、人間だろう。
それは、相手を認めることにもつながってくるだろう。


などということを、なにかと話題のTwitter(「今、何してる?」を
ひたすらに更新)のしくみに、日々思うことと連鎖して感じています。

たとえばTwitterで言えば、即時性とか、コミュニティとか、ビジネスに有効活用できるとか、
インターネットの世界を大きく変える可能性があるとか、
いろいろ言われているようですが、
「!」と感じた機能の軸に、いったいなにを思ったのか。
自分にとって、つながり訴えかけてくるものが、どこにあるのか。
たとえ、使い方や流行の枠外にあるものだとしても、
そこを求める方が、「私」にとっての意味があるのだろうと思っています。

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