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03/01 : おいしい時間。

omise
ある仕事の席で花咲いた、飲み・食べの話。

地元的深掘嗜好人近咲幸時間乃店の話。
わかりませんね、これじゃ。それでいいのです。
集いとしての飲み・食べの時間は、
一つの空間で、「食べる」という本能的な行為、欲を見せ合う時間。
もう一つは、「あなたと話したい、過ごしたい」の時間。
個人的に、そんな意味をもつかなと考えています。

食べ・飲みについて、まったくスマートじゃないし、恥ずかしいし、
舌が肥えているわけでもない。
自分にとってこっぱずかしい姿を晒しながら、それでも
そこに居ることが楽しい、有意義だと感じる時間。

だから、誰彼と飲食の誘い話をしない性質だと思っていますが、
時にあそこに、こんな店や食べ物や耳ヨリ事が…などと
知ったかぶって言ってみたりすることもある。

だけど、どこそこの店のなになに、なんて、
ほんとはどこだって、なんだっていいんです。
一緒に知らずに入って、まずくたって、それはそれでまったくいいんです。
(あ、安ければ)
なんなら、公園でカップラーメンでふ~ふ~だって構わないし、
河原の焚き火で、焼き芋ほくほくだって(これはいい!)、丸々オッケイです。

なにが、おいしいのか?

ということを前提に、食卓を囲む時間を極力もつようにしたいし、
そこで美味しいものなら、より美味しさが引き出されることになる。

それぞれの環境とプライオリティ、その中で集い、食する時間への意義。
人生の時間は限られている。
もう、総花的に集うことへの価値を求めるのではなく、
人に意識的に想いを寄せながら、場の時間を想う。

そのうえで集いあった人には、良いも悪いもお好きなままに、とらえるままに
「わたし」をみせるように努めたい。

人と人とが食する時間。
どうってことなくも、趣深い時間。

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