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08/11 : 鈴鹿が消える。

やはり、厳しいようですね。

来年(以降?)、F1日本GPが鈴鹿サーキットから富士スピードウェイに変わる。
かなり残念。
ホンダがつくった世界屈指のドライバーズサーキット。
1・2コーナーからS字、勇気の試される130R。
2度ほど行って、新幹線・宿代・移動・歩き、メチャ混みなど、
かなりのしんどい思いと浪費もしたが、町中に響きわたっていたサウンドがなつかしい。

それにしてもF1の世界は、不思議だ。
ドライバーにも人気があり、コースレイアウトや安全面や興行面での評価も高く、
成功を収め続けているサーキットをいきなり切ってしまう。
昨今のエンジン開発凍結問題も然り、
ますます政治絡みの要素やしばりが強くなり、観る側の楽しみが置き去りにされていくようです。

ホンダ側では、富士と鈴鹿との交互開催の道を探っているそうですが、雲行きはあやしそう。
日本での開催は今のところ、ほぼ興行的な成功が約束されていると思うのですが、
なぜそうできないでしょう。一部の人の利権と都合なのかな。

Comment

よこはまわざものニュース
ダース=トリオムーン@ミナロさん こんにちは。

楽しめるか。
文化の側面には、その要素が大いにあると思う。
ムダを前提に、やる側と観る側が参加して成り立っているものがあると思う。
欧州の貴族の遊びから始まったモータースポーツは、その最たるものだと思うけど、今のF1…

エンジンの開発競争やタイヤメーカーの競合は、いろんなムダがあるからやめよう……って、お役人主義の号令のもとにシステム化されて、レースそのものがつまらないのじゃしかたがない。車のレースでエンジンやタイヤの創意工夫や競争がなくてどうするのかな。
今のドライバーもただ乗ってる人見えてしまう。じゃぁ、観なきゃいいのにね、そう思うのだけど…
ダース=トリオムーン@ミナロ
先ず、「クルマ」に対する歴史が違う。文化が違う。

農耕民族と狩猟民族の違いというか。

便利な道具には違いないのだが
基本的に「歩く」だけで事足りる生活を送ってきた
日本人にとっては「クルマ」は平穏を乱す邪魔者。
っていうのが心の奥底にあると思う。

<商品>として国を潤したけれど
<道具>としては実はあまり生活の役に立っていない。
無ければ無いで何とかなる品物。っていう認識が何処かにある。

だからヨーロッパの車文化の象徴であるF1は
日本人にとっては商業的な側面だけが重要であって
文化的な面では完全な「異文化」。
なんでも真似て取り入れることの出来る日本人だが
いまだ消化不良の状態が続いている。

ヨーロッパではチャンピオン(あらゆるモータースポーツの)は
「英雄」だが日本ではただの「有名人」に過ぎない。

多分、FIAの幹部の本音は「東洋の成金がでかい顔をするな。」
「金がなければ、誰もお前らの相手なんかしない。」
ってところじゃないかな?(FIFAもそうかもね。)

ガンバレ日本!札束で奴らの顔を張り倒せ!


…なんか悲しいなぁ。



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