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06/14 : 声は背骨、、前向く眼。

>安藤は「あの記事が私に責任を持たせたんだと思っています」と回顧する。
http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000179999990414

>あの記事が私に責任を持たせたんだ

沁みる言葉です。
からだでとらえ、からだが発した言葉だという気がする。

いろんな制作物やサイト構築、SP(セールスプロモーション)等々。
企業や組織の活動の枠組みの中での声には、意図がある。
しくみやしかけの中で、誰から誰に向けて、なにかをねらって、
その声の届き方や着地点を考える。

それはそれとして、発信者としての想いの根っこをどこに置くのか。
「エールを送ろう」「可能性を届けよう、手渡そう」
「関わったことで、社会との関わりをつないでいこう」
「自らの勇みや戒めとしても、声で背中を押そう」

ジャーナリストだとか、なんとか横文字職業とかは関係ないだろう。
人は、生きてある限り、なにかの場面で発信者であり続ける。
どう受け止め、なにを発するか。

ちと重たくとらえ過ぎかもですが、うまく言えませんが、
「自分を含めて、関わるものを応援しよう」という想いは、
少なくとも胸にこめる必要があるだろう。

安藤忠雄さんを題材にしたTV番組があると、つい眼が向くのは、
こうした言葉を発することのできる人なりの力にもあるのだろう。
磁力のある人ですね。

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