--/-- : スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

03/02 : チーム・人間。

昨日、ある女性の友人が緊急入院した。

入院の知らせを本人から受けた人間は、電話を切った後、すぐ
その家の近くに住む同じく知った仲の人間に連絡を入れる。

「Aさん、こういうことだから、悪いけどBさんチ(入院女性のダンナ)に
あなたから電話入れて、子どもの日中の面倒を買って出てみてもらえないだろうか?」。

「わかった」とAさんはひと言だけ返して、「まかせて」とダンナに連絡を入れた。

ダンナは数日の休みをとったそうだが、仕事柄ずっとは休めない、夜も遅い。
それを周りもわかっている。
気がかりは、日中から夜まで一人きりになってしまう子どものこと。

「さて、どうしようか…近所のAさんチで自分が帰るまで居させてもらえると
安心なのだが」。Aさんから連絡をもらったとき、
ダンナは、そう考えていても切り出しにくかったのかもしれないし、
あるいは、周囲のただのおせっかいと感じたかもしれない。

結果は、Aさんチの3人の子どもと午後のパートの予定をすべて消したAさんが、
家族で一緒に相手をしようということになったのだそうだ。
もちろん、おせっかいではなく、ダンナと入院女性にありがたい話だったのだ。

日常のどこにでもある、たわいない小さな話。
人によってはスマートではない、泥臭い話なのかもしれない。


今の世で、“ネットワーク”とは誰もが思い、口にする言葉だろう。
ただその根っこは、どこにあるのか。
一人ひとりが考えてつながらなければ、お互いの関係や気づきにもつながっては
いかないだろうし、生きるハッピーも感じにくいのではないかな。

つながる幸福をどこに求めるのかは人それぞれなのだろうが
こういうことには仕事も、私生活も、世代の違いも関係なく、
意味のあることが含まれていると思うのだが。

Comment

Comment post





 管理者にだけ表示